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南米・ちょっといい話(3)パラグアイ代表レポート−「日刊スポーツ」より−(1999.7.11)

<大石特派員の取材メモから>
サッカー南米選手権を取材中の日刊スポーツ大石記者から届いた取材裏話メモを、転載して公開。

アスンシオンから車で40分ほど離れた田舎町のグラウンドに、パラグアイ代表チームの練習取材に出かけました。あれほど大勢いた日本の報道陣は、今ではもう、ほとんどいません。あの大騒ぎはなんだったのでしょう? まさに嵐が去った後という感じ。
濃霧と大雨ばかりだった数日前までに比べれば、嘘のような晴天です。

開催国として全国民から好成績が期待されているチームだけに、「きっとみんなピリピリしているんだろうな。アポなしで行って取材なんか許してくれないかも。非公開だったらどうしよう」と思っていました。

舗装もされていないボコボコの道を進み、練習場となっている地元クラブのグラウンドが見えた瞬間、私は息を呑みました。

1500人、いや2000人はいるでしょう。簡易スタンドは超満員、周囲の金網にも老若男女の住民が取り囲み、とびきりの笑顔で、練習を見つめていたのです。駄菓子売り。アイスクリーム売り。パン屋に綿菓子にポスター屋。マテ茶売りに、怪し気なキーホルダー売りまで、いろんな売り子たちが、そこかしこで、声を挙げています。即席の祭り会場、日本流に言えば縁日です。
そしてパラグアイ代表は、ここの地元クラブ・チームとの練習試合の真っ最中でした。
両者の実力差がありすぎて、単なるパス回し練習になっています。グラウンドに芝はなく、ただの雑草が生い茂っています。ところどころに草のかたまりや、大きな穴まで空いています。日本代表に不評だった、アルゼンチンのグラウンドの比ではありません。こんなひどい環境で、この国の代表選手たちは、歓声を挙げて遊んでいる。それを、決していい身なりとはいえない少年少女が熱い目で見つめている。おじいさんやおばあさんが、本当に幸せそうに縁日を楽しんでいる。お気に入りの選手の名を叫んでいる
−−ああ。これがサッカーだ! 日本のサポーターや、サッカー・ファンにどうしても見せて上げたい光景でした。

練習が終わりました。子供たちが、学生たちが、金網や出口に殺到しました。代表のスーパースターたちが、手を振りながら、自分たちから彼らに近づいて、サインを始めました。ストレッチを始めた選手のもとには、いままで練習相手を務めていた地元選手やバスの運転手までが、頼まれて、サイン帖やノートの切れはしを運んで行きます。
降り注ぐ南米の太陽光線の、なんという美しさでしょう。

人が多すぎてサインがもらえない小さな子供たちが、選手をあきらめて、初めて見る日本人の我々にも、寄って来ました。

「サインちょうだい」
「おじちゃんはサッカー選手じゃないよ」
「いいの。“シルビアへ”って書いてほしいの」

つぶらな瞳で頼まれると、こちらまで幸せな気持ちになります。隣では、いつもはムスッとしている某紙の記者も、サイン攻めに遭っています。子供たちの必死の依頼に、最初は「読売巨人軍長嶋茂雄と書いたろか」などと戸惑っていた風でしたが、そのうち、ふと見ると「漢字&ひらがな&ローマ字」で、懇切丁寧にサインしています。

もちろん、わが日本代表をけなす気などありませんが、ボリビア戦の開催地ペドロ・フアン・カバジェロでは、地元日系人会が、半年かけて企画していた試合前日の「歓迎昼食会」の申し出を、「試合に集中したいので……」と断りました。正論です。W杯で、ジャマイカ・チームが合宿地との交流を断った例もあります。
しかし、その瞬間のパラグアイ在住40年の日系人会会長の心境は、いかばかりだったかと、今は思います。南米の地方都市にやってくる、まぶたの祖国の代表チームの訪問をどんなに楽しみにしていたことでしょう。
当日は悪天候で練習は中止。その他のスケジュールは一切ありませんでした。ただの昼飯でも、あるいは選手、監督が無理だというなら、団長や広報でも、地元の人には、代表関係者ならだれでもよかったはずです。
ちなみに、この会は「日本人報道陣歓迎昼食会」と改称され、予定通りに実施されました。壇上には「来訪者歓迎」と書かれた古風な垂れ幕。でも、会場の半分以上のイスとテーブルが、からっぽでした。婦人会総出で午前4時から作り始めたという地元料理、そして、ブラジルから取り寄せたコシヒカリでつくった大量のおにぎりが、最後までほとんど手付かずのまま、お盆の上に並んでいました。

翌日、やっとの思いで勝ち点1を手に入れた日本代表は、深夜にバスを飛ばして、帰っていきました。そしてその翌日には、もう日本に向けて帰国の途につきました。

きょうもまた、見知らぬタクシーの運転手が私に話しかけます。
「日本はホントに残念だったね。われわれパラグアイ人は、みんな日本に勝ち残ってほしかったよ」。
「ありがとう……」。

勝利だけがすべてでも、敗北だけがすべてでもない。
だからと言って、すべての善意に応えることもまた出来ない。
サッカーが残す、ほろ苦い悲しみと、身にしみる人の心の暖かさと。

 

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